漫画家のなり方

手塚治虫『マンガの描き方』―もと漫画家による感想文

漫画家(漫画家志望者)が、マンガを描くのにつかれたら。

この本を読んでみるのをおすすめする。

『マンガの描き方―似顔絵から長編まで』手塚治虫

こんにちは。漫画家業として13年生活し、経済的な理由で廃業して現在は会社員のネコム(@necom_anarchy)です。

※以下、記事中の” “内はすべて「『マンガの描き方―似顔絵から長編まで』手塚治虫 知恵の森文庫 1996年」からの引用です。

マンガの原点は、「落書き」だ!

漫画家志望者むけの本と思っていたが、序盤は一般の大人にむけた「マンガが描けると、子供がよろこんで話を聞いてくれますよ」的な内容だった。

と思いきや、かなりツッコんだところまで書いてある、漫画家志望者どころか中堅どころの漫画家が読んでも参考になるであろう技術的なことも書いてある。

用意するものは、「紙と鉛筆」のみ。

はじめは、マンガになじみのない大人の読者に「落書きのしかた」をていねいに教えてくれる。

1)望んでいることや不満を、文章で紙に書く。

2)棒人間的なものでいいので、そのシーンを絵にしてみる。

“マンガはそれを描くのですよ”

“マンガのなかには、なにかしら、描いた本人の煩悩というか、モヤモヤの発散がある。それは、何度もいうように、気ままに思うがままに描くからである。そして、その欲求は、たいてい不満を含んでいる。

その不満というのは、世間や、他人や、政治や、あるいは自分自身への不平がふつうなのだ。それらには、「こうなればいいのに」という自分の希望がくっついている。

マンガはそれを描くのですよ”

『マンガの描き方―似顔絵から長編まで』手塚治虫

ともすれば、現代の漫画家や漫画家志望者は、デビューするため、出版社や読者に好かれるため、自分の不平不満や欲望よりも、「他人はなにを面白がるのだろう」ということばかりを気にかけていがちだ。

というか、自分がそうだった。

“描きたいものを頭のなかにスケッチする”

手塚治虫氏による挿し絵があり、”この絵を一分間見てから27ページの下を読んでください”とキャプションが添えられている。

27ページを見ると、よくクイズなどで見られる”タバコをすっていた人物は左から何人目か”などの問題が出されている。

日常生活で何気ない街並み、人物、自動車、などを映像として記憶しておいて、いざ描くときに活かせ、とのことです。

以前に手塚治虫の特集番組をテレビで観たときには、「いちど見たものをそのまま描ける天才」などど称されていましたが、ちゃんと意識して訓練

しつづけていたたまものなのだな、と思った。

自分もちょっとずつコツコツやれば、少しだけでも近づけそう……。かな?

とはいえ、マンガの絵はデフォルメ

同時にその流れで、鉄腕アトムの頭のツノ(髪の毛)が前から見ても横から見ても2本立っていることにふれ、マンガの絵はあくまでデフォルメであると書かれています。

デフォルメであり、特徴づけ。つまり、絵の面で「キャラを立たせる」ことについても同時に説明されています。

“(略)みんなそれぞれ特徴があるものである。それをすぐ見つけだして、なるべくドギツく強調して描き、あとは省略するか簡略化してしまう。

それが、魅力あるマンガを描く第一のコツなのだ。”

『マンガの描き方―似顔絵から長編まで』手塚治虫

漫画家の机(作業環境)

そして、当時の作業環境などが挿し絵とともに説明されている。

カラス口とか羽根ぼうきとか使っていたころのものですね。

現代ではあまり参考にならないかな、と思いきや、「下描きは下がやわらかいほうがいい線が描けるので、写真雑誌を下敷きにして描いている」と

いう点は、初めて聞きました。

デジタルでもペンの設定を変えるなどして応用できそうです。

ちなみに、この本の初出・昭和52年の時点では、手塚治虫氏の意見としては「スクリーントーンは画面が冷たくなるので、なるべく手描きで描き込んだほうがよい」というニュアンスのようです。

4コマから8ページ漫画へ

ストーリーのつくりかたについては、最初は4コマで発想の転換を学ぶことで、漫画家人生に詰まったときなどにも方向転換ができるとしている。

そして最初から長編を描かずに、まずは8ページくらいの話をまとめる。

このへんは、手塚治虫氏が最初に言い始めたことなのだろうが、現代はほかの漫画家や編集者もみなおなじようなことを言っているので、漫画関係

者にとってはほぼ異論のないところだろう。完成しないのがいちばんよくない。

マンガの本質は風刺?

あとがきの最後にはこう書かれています。

Q 「マンガというものの本質を、ズバリひとことでいうと、なんでしょう」

A 「風刺ですよ」

『マンガの描き方―似顔絵から長編まで』手塚治虫

漫画家志望者だったころは、この言葉はたぶん「わたしの描きたいジャンルは、そういうのじゃないんだよ」と、心に響かなかっただろう。

当時は少女漫画雑誌に投稿するテクニックとして「キスシーンをしっかり」とか、「SFものは嫌われる。学園モノが無難」とか、まったくもって「

自分が何を描きたいのか、描いてどうしたいのか」を見失っていた。

マンガを、「何かを得るための手段」におとしめてしまっていた。

マンガってなんだったのかな?

ほんとは、マンガ自体が好きだったのに。

いまのわたしにも正直、ピンとくる言葉ではない。が、なにかヒントが得られるきざしも感じている。


マンガから距離をとった現在、あらためてゆっくり、マンガの神様からのご神託を、頭と心でくゆらせてみたい。

※記事中の” “内はすべて「『マンガの描き方―似顔絵から長編まで』手塚治虫 知恵の森文庫 1996年」からの引用です。